手でコーヒー豆を挽く時間がなくなって久しいが、なんとなく「電動ミルでも買おうかなぁ」と探していたら、こんなページを見つけました。
http://www.bigai.ne.jp/~miwa/food/coffee.html
http://www.bigai.ne.jp/~miwa/food/coffee.html
コーヒーミル雑話
コーヒーの味と香には、豆の種類、ロースト、ブレンド、浸出などいろんな要素が関係する。「うまいコーヒーとは」の議論になると、各人の好みや、ムードとも重なりあって、単純には結論が出せないのがふつうである。「好み」というのも、もう少しつきつめてゆくと、必ずしもその人に固有のものではなく、その人がほんとうに「うまいもの」を経験しているかどうかによって著しく左右される。インスタントコーヒーで満足している人に、コーヒーの味と香の話など通じる訳がない。
京都・亀岡在住の水車大工さんのお宅へ訪ねたときのこと。私は上等のコーヒー豆と、使いなれたコーヒー用乳鉢を携えていった。先方で私の自慢のコーヒーを披露しようと思ったのである。ところが「私はコーヒー嫌いなんです」とおっしゃる。「まあそういわないで、つき合って下さいよ」といいながら、乳鉢でゆっくり粗目に砕き、次に扇風機を借用して、微粉と銀皮を吹きとばした。「ヘェー、妙なことをなさいますねエ」と不思議がっておられる。さて浸出をはじめると、コーヒーの香が部屋いっぱいに充満した。香に魅せられて、生来のコーヒー嫌いが、なんと、おかわりして、コーヒーを賞味する結果になった。
ひと月ほどして、お電話をいただき「先生は悪いことを教えてくれはりましたなあ。以来、私の家ではみんな乳鉢一扇風機方式のコーヒー党になりました」とのこと。コーヒー嫌いの人には胃が敏感な人が多い。胃がむづむづしてきて気持わるいのである。胃が丈夫な人でも、インスタントコーヒーを3杯もおかわりすればたいてい同じような胃の拒否反応が起るものである。飲んだあとの、口中に残る「後味」もきわめて重要である。「うまい」コーヒーは、口中になんともいえぬよい後味が残るので、そのままそっとしておいて楽しみたくなるが、「まずい」コーヒーの場合には、あとで水をのんで、後味を消したくなる。この「まずい味」のもとは何であろうか?。
私は次のようなことをやってみた。まず市販の手挽きのコーヒーミルをよく掃除してから、豆を挽く。しばらく挽くと、粉砕刃の金具のあたりに、べったり微粉と、銀皮が付着するから、これを集めて、少量だが浸出させて飲んでみる。とても苦くていやな味がする。次に挽いたコーヒーを扇風機の風で吹きとばし、遠くの方へとぶ微粉と銀皮を集め、これも浸出してみる。やっぱりいやな味だ。次に100メッシュのふるいで微粉を集め、これも浸出してみる。これも、すごい味がする。残ったのは、まずい味のする部分だけ除いたのだから、とにかく「うまい」筈だ。
ところで、大きなコーヒー会社では、どうしているのだろうか? 私は二つの有名な工場を見学させてもらった。アートコーヒーと木村コーヒーでそれぞれの社長か部長につきあってもらった。ここではコーヒー豆の粉砕に、ルページュロールという粉砕機をつかっていた。
この機械はルページュという人が1916年に、穀物や木の実を割る機械として特許をとったのがはじまりである。2本のロールを平行に狭い間隔で並べ、互に反対方向に回転させる。一方のロールには回転軸方向、他方のロールには円周方向の条構がつけてある。条溝は鋭い刃をもち、互に直交するので、コーヒー豆は切断を基本とする粉砕により砕かれる。次に銀皮を静電分離機で分離する。銀皮というのはコーヒー豆を覆っている薄い半透明の白い皮で、これは生豆をフーリング(脱秤)するときに大部分除去されるがその一部が、豆の中央部に残っている。これは粉砕してからでないと分離できない。銀皮は水分含量が少ないので静電気を帯びやすく、静電分離できるのである。手挽きのミルでも刃に付着しやすいのはこれである。
ところで、コーヒー豆を挽いて売る小売店や喫茶店の店頭にも、いろいろなコーヒーミルがあるが、大部分は非常な高速度で砕く高速衝撃型である。ことに、家庭用の安物の電動コーヒーミルは、すべて高速衝撃型である。こういう家庭用のミルは、道具を並べてママゴトするためのオモチャであって、うまいコーヒーを飲むための実用品ではないが、コマーシャルに釣られて本気で使う人もあるらしい。「このミルで挽いたコーヒーは、香りと風味をそっくりそめまま保っています。その理由は摩擦熱が発生しない挽きうす式を採用しているからです」このおおウソが某有名電気メーカーの卓上型電動コーヒーミルの説明文である。このミルは直径3cm位のカーボランダム製砥石車が毎分数千回転し、周速(砥石車の周辺の回転速度)は毎秒10mに近い。プロペラ式のは、コーヒーの粒が熱くなってくる。
コーヒーと限らず、一般に小麦でもそばでもその他、食品類ではいつも、粉砕熱による変質、その結果として、味や香が失われることが問題になるが、ではいったい、摩擦による粉砕熱の本質は何であろか? これについては、1936年にケンブリッジ大学のバウデン教授が発表した巧妙な実験結果が示唆を与えてくれる。彼は二つの金属摩擦面における瞬間的温度上昇を、熱電位差によって測定し、驚くべき結果をえた。「ふつうの速度と荷重の条件であっても、金属表面は局部的に摂氏500-1,000度という高温度を発生する。しかもこんな高温になっている様子はどこにもない。金属全体は一見、全く冷たいままである。それは加熱の激しいところが実際に摩擦している薄い層に限られているからである一(バウデン著、曽田訳『摩擦と潤滑』岩波書店)。この実験は金属なので熱伝導性がよく、直ちに熱が逃げる。それでもこんな想像もつかない高温になる。熱の不良導体であるコーヒー豆ならもっと高温になることはまちがいない。常識では信じがたいが、その理由は次の通りである。固体と固体の接触面は一般に、ミクロに見れば凸凹があって、凸部だけが互に接触するから、ここに荷重が集中する。その状態で動けば当然その局部に激しい摩擦、したがって発熱が起る。ちょうどハイヒールの踵でふみつけられた状態に似ている。ハイヒールなら目玉から火が出るだけだが、摩擦の場合には、接触している局部では溶融や焼けが起る。ハイヒールで踏まれたときは目から火が出る
コーヒー豆の粉砕のときも、この現象が発生しているが、変化は薄い表層に限られていて、一見、何の変化も認められない。ところが人間の嗅覚と味覚はこれを微妙に感知する。ただし、ひと口味わったぐらいではわからぬところに問題がある。これにつけこんで、性能がよくないミルが横行する。コーヒー通のなかには、高速ミルを避けて、低速の手挽ミルを愛用している人が多い。これは高速衝撃による摩擦熱の発生を最小にするための工夫である。ただし重要なことは、粉砕部分の刃の構造がわるければ折角の手挽きの苦労が水の泡になる。刃の材質と、鋭さのすぐれたものを選ぶことである。もうひとつ高速衝撃粉砕の問題点は微粉発生率が大きいことにある。喫茶店でも、コーヒー小売店でも、手挽きのミルでも、この粉砕刃に付着した銀皮と微粉を、無精して掃除せずにつかっていることが多いが、あきれた話である。放置して酸敗した微粉が、あるときはがれて混る。考えてみても気持がわるい。コーヒー専門店では秘密兵器のようにして、店の裏で使われているのを見たことがある。お客が、おかわりしてコーヒーをのんでくれる。これはすばらしいことだ。
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